デコボコントローラ!

ナマケモノな未来の「自分」に打ち勝つための備忘録。

『洗たくマグちゃん』の措置命令についての思索

私は使ってませんが、洗たくマグちゃんは洗濯洗剤を不要とするユニークな商品として一部界隈で話題でした。

肌が弱い方にとって嬉しい商品だったでしょうし、環境問題に関心がある方からの支持を集めていました。

一方で、皮膚の症状がひどくなる(因果は不明)、効果を感じられないといった問題も、小さいながら散見される商品ではありました。

前提

株式会社宮本製作所に対する景品表示法に基づく措置命令について | 消費者庁

2021年04月27日、消費者庁は宮本製作所が製造する『洗たくマグちゃん』シリーズに係る表示について、優良誤認が認められたことから、措置命令を行いました。

具体的には、『洗たくマグちゃん』で洗濯すれば、洗剤と同じくらいの洗浄力・部屋干し臭いの軽減・99%以上の除菌が実現できるかのように表示をしていたのですが、それを示す合理的根拠が認められなかったということです。

 

共同通信社の「結果に根拠なし」の根拠が弱い

www.nikkei.com

まず興味深いなと思ったのは、多くの方の目に留まったであろう日本経済新聞(共同通信社)の記事に、誤情報が含まれている可能性がある点です。

1リットル未満の小さなビーカーでの実験結果しかなく、家庭用の洗濯機での効果は確認できなかった。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE2791W0X20C21A4000000/

 という表現に対し、NPO法人 食品と暮らしの安全基金

2014年に、家庭の洗濯機でマグちゃんだけで洗濯する幾重もの実証試験をスタッフが行いました。
http://tabemono.info/report/report_23.html

 として訂正要求 *1 しています。

ビーカー云々に言及しているのは、共同通信社以外では見ないですね。探してみましたが、どこからの情報なのかは不明でした。

 

なぜ「合理的な根拠がない」と判断されたのか

根拠となる資料の基準については「不当景品類及び不当表示防止法第7条第2項の運用指針―不実証広告規制に関する指針―」で運用方針が明記 *2 されています。

このガイドラインに準ずるなら、スタッフや30人のモニターだけで試したという根拠は不十分だという決定は妥当に思われます。第三者機関の調査があるとしても、無為にしたとは考えにくいほどガチガチのガイドラインです。

 

洗剤メーカーが圧力をかけた説

Twitterでは「洗剤メーカーからの圧力か…!」「本当にいいものは潰される…」という説が多く見られました。

しかし、裁判でも用いられた上記ガイドラインに準ずる以上、メーカーから脅されようが金を積まれようがどうしようもありません。

しかも、消費者庁は措置命令を出す際に「不服があれば審査請求をしていいですよ」とわざわざ明記しています *3

また、コロナ禍で洗濯洗剤の需要が高まってきているチャンスの時期 *4 に、たかが競合の1つがシェアを伸ばしただけで「相手を潰さなければ」という非生産的な発想に至るのも考えにくいかなと思います。

仮に洗剤メーカーからの圧力が<隠された事実>だとして、宮本製作所が粛々と措置を受け入れて実証実験に励んでいる *5 のは不可解です。

このことからも、「洗剤メーカーからの圧力説」は、完全否定はできないものの、あまり的を射た考察ではありません。

直感的な理由であれ理論的な理由であれ、心から洗たくマグちゃんを応援したいなら、販売元が何をどのように頑張っているのかを直視し、真に相手のためになる応援をするほうがずっと素敵です。

 

洗たくマグちゃんが反発を受ける理由はなんだろう

反発があるのは、『洗たくマグちゃん』に効果がないと信じているからではなさそうです。洗たくマグちゃんの効果は、少なくとも2021年5月の段階では否定されていないので、信じる・信じないはともかく「デマだ!」と大っぴらに主張するのはためらわれます。金属石鹸そのものは別段珍しくもないですし(洗浄用じゃないけど…)。

それよりも、マグちゃんを応援しているファンが情報を鵜呑みにしやすい傾向にあることから、商品ではなくファンに対する反発が起きているのが大きな原因かなと感じています。

もし宮本製作所が声明通りの前向きさで「洗剤要らずの洗濯」と向き合うのであれば、たとえマグネシウム洗濯に効果がなかったとしても、おそらく別のアプローチで商品を開発するでしょう。これは洗たくマグちゃん賛成派・否定派の双方にとって喜ばしい話です。

 

合理的根拠が用意できればハッピーエンド

消費者庁は優良誤認を指摘しただけで、効果を否定したわけではありません。今のところ「洗たくマグちゃんに洗浄効果の根拠はないが、今後の実証実験の結果によって覆る可能性はある」という状況です。

コンセプトがよい商品なので、合理的根拠を提示できるようになるといいですね。うまくいけば、これが販売促進のチャンスに転じるかもしれませんし。

 

追記①:マグネシウム洗濯は「ウソ」なのか?

president.jp

 

この記事は、洗たくマグちゃん否定派にとっては持論を強化する強い主張であり、大いに興奮を煽る記事であるというのは想像に難くありません。

ただ、この記事も洗たくマグちゃんと同様に「効果がない」と批判する根拠に乏しいと感じるため、完全には信用できませんでした。

 

1.反証としては弱いかも

科学哲学者のカール・ポパーは、科学理論について『実験(客観的データ)によって反証できなければならない』と定義しました。

つまり、「洗濯マグネシウムの洗浄効果は水洗いと変わらない」とか「ウソだった」と"科学的に"反証するなら、マグネシウムやアルカリ性の基礎知識を持ち出すのではなくて、相応の実験・観察を行い、根拠を提示する必要があるということです。

コレ再現できないんだけど!という理由で反証をするわけですね。

消費者庁が「効果がない」と断言しなかったのは、反証できるだけの科学的根拠を持たなかったからではないかと思います。

 

 記事では「"科学的な用語"に騙されてはならない」というまっとうな警句を残しています。自分が反証される可能性を認めるのが科学だという定義に立ち返るなら、もちろん本人も警句の対象になります。

しかし、記事を読む限りでは引用に終始しており、自身では実験や観察をしていません。

 PRESIDENTは科学誌じゃないので、反証するなら実験するべきだ!とまではさすがに思いませんが、引用元は「マグネシウムを水につけるとどのようにpHが変化するか」を実験していて、強アルカリ=洗浄力が高いという前提で進められています。

おそらく、濃度の高いアルカリ剤による分離型洗浄を前提にしているのかもしれません。

界面活性剤(分離型洗浄)と比べるのであれば妥当に思われますし、分離型洗浄をするなら強アルカリにする必要がある、という点は私も納得しているところです。

ですが、それだと肝心の「(マグネシウムを用いた)弱アルカリ性の液で溶解型洗浄をしたらどれくらい汚れが落ちるのか?」という部分は実験・観察していないわけで、そこがもどかしいですね。

人体の皮脂汚れは,その油成分中の1/4~1/3が脂肪酸であり,この脂肪酸が弱アルカリ液で石けんに変化して溶解するとともに,生じた石けんが洗浄に寄与するので,炭酸水素ナトリウムなどの弱アルカリ液のみでも比較的高い洗浄性を示す

洗浄のメカニズム(2008年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/60/2/60_2_85/_pdf

(太字は追加しました)

と書いてあったので、マグネシウムで作り上げた弱アルカリ液がどれくらいの洗浄性を示すのか、水温や機械力がどれくらい影響するのか、汚れの再付着はしやすいのかといった情報が知りたかった……。

 

強い反証をするのに引用で済ませるスタンスと、引用元がマグネシウムの洗浄力について検証していない点から、どちらかというとこの記事も非科学的に見えます。
(といっても、科学を推す割にはエビデンスの使い方が雑だな…という個人の感覚にすぎません)

 

これは私の主観ですが、相手がいちおう実験をしたうえで効果を立証しようとしたのに、批判する側が消費者庁の発表を笠に着て引用で済ませるのはフェアじゃないな、とは思います。

 

2.中立の立場ではない

言うまでもないことかもしれませんが、この記事は書籍紹介の一環であり、中立的な目線で書かれたものではありません。

マグネシウム洗濯に否定的な方々は、記事内で取り上げられている書籍『暮らしのなかのニセ科学』に興味を持ちやすい、いわば親和性の高いユーザーということです。

この記事が、訴求したい商材と親和性の高い(洗たくマグちゃんに不信感を抱く)ユーザーの持論をより強固にするような、読んでいて「よくぞ言ってくれました!!」と感じる構成にするのは、商業用の文章として当然です。

 

この記事は、ざっくりと以下の構成で進みます。

  • 事実を述べる
  • 詳細な解説をして「そうなんだ」と納得させる
  • 「やっぱり!」「そうだと思った!」と共感させる
  • 「あなたは正しいですよ」という安心感を与える
  • ニセ科学に警鐘を鳴らす書籍を読んでニセ科学を見抜くセンスを磨こうと結ぶ

ユーザーのためになる情報を開示しつつ、訴求へとつなげる導線をしっかりと敷いています。Webライティングのお手本のようですね。無駄がなく、善意を感じる堅実な文章です。

プロとしててセールスライティングに携わる者のチェックが入っているでしょうし、筆者に出版経験があるので、表現力・構成力という観点ではとても参考になります

 

この記事には確かに一理あって、科学的な事実も含まれています。

だからこそ、真実の中にひとつ嘘を混ぜると真偽判定が難しくなるように、この記事もどこまで信じていいのか分からず混乱してしまうのは否めません。

「もうちょっとフェアに反証できなかったの?」という不信感はちょっとだけありますが、本の販促記事はPV数が大切だし…こんな親和性の高い話題を逃す手はないよね…という気持ちもよく分かります。ままならないものですね……。

 

手間はかかりますが、双方の情報を見比べて自分なりの結論を導く必要がありそうです(もっとも、これはすべての二次情報に言えることですね)

 

追記②:

考えました。

どうやって洗濯したら汚れが落ちるんだろう?

 

参考

*1:食品と暮らしの安全 - 「洗たくマグちゃん」報道について(http://tabemono.info/report/report_23.html

*2:『不当景品類及び不当表示防止法第7条第2項の運用指針―不実証広告規制に関する指針―』 第3 「合理的な根拠」の判断基準(https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_34.pdf

*3:4 法律に基づく教示|不当景品類及び不当表示防止法第7条第1項の規定に基づく措置命令(https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_210427_01.pdf

*4:市場調査レポート: 洗濯洗剤の世界市場 (製品別・用途別・地域別):市場シェア・規模・動向の分析と将来予測 (2021年~2028年)(https://www.gii.co.jp/report/pola986442-laundry-detergent-market-share-size-trends.html

*5:「洗たくマグちゃん」の新パッケージにつきまして - 株式会社宮本製作所(https://www.miyamotoss.co.jp/news/?p=2088