デコボコントローラ!

ナマケモノな未来の「自分」に打ち勝つための備忘録。

どうやって洗濯したら汚れが落ちるんだろう?

前回、こんな記事を書きました。

www.dekobo-controller.com

ここでは、洗たくマグちゃんの措置命令について、消費者庁の判断は妥当だったが、コンセプトがいいので合理的根拠が出るといいですね、と締めました。

私は主観的感想(SNSの意見)よりは調査結果(消費者庁)を信用するというありきたりな思想を持っているので、消費者庁の発信する情報を妄信している自覚があります。

消費者庁がおいていった措置命令を隅々まで舐めるように読み返しました(読んでる時が一番楽しかったです)。ただ、どう読んでも優良誤認――「大げさに言うと勘違いする人がいるかもしれないから、パッケージや広告を変更してね」という指摘の域を出ることはなく、要するに「根拠が弱い」としか読み取れず、かといって効果を否定しているわけでもありません。

そのため、効果については当たり障りのない無難なオチを付けました(空気除菌よりは悪影響ないかなと思いますし)

 

ただ、この件を調べていて、根本的な部分に興味が湧きました。

それは、「どうやって洗濯したら汚れが落ちるんだろう?」ということでした。洗濯というものに対して、純粋に興味が湧きました。

 

 

前提

まず、私は「衣類の汚れ」が具体的に何を指しているのか知りませんでした。「衣類の汚れ」を落とすのに何が必要なのかも、何をもって『洗浄力』と呼ばれているのかも分かりませんでした。

なので、「アルカリ性の水は汚れを落とす」と言われても、科学的見解なのか、事実無根のホラなのか、私には判断がつかない状態でした。

「なんでアルカリ性の水で汚れが落ちるの? ムリなのでは?」というぼんやりとした疑問はありましたが、科学や数学や物理学といったものは「常識的に考えてありえない」と感覚で否定するような概念さえ証明してしまうロマンにあふれた学問です。このような学問は、人間の想像力が極めて乏しいうえにどれだけ短絡的であるかを教えてくれます。襟を正す思いで一つひとつの物事に向き合えるという意味では、とても知的な学問だと思います。

 

少し話が逸れましたが、私(人間)の感覚がアテにならない以上、感覚的に判断することにある種の防衛反応が働くのは仕方のないことで、「どっちつかず」は、リスクを避けたい無知者に唯一許された選択肢です。

これほどさかしらな能弁、せせこましい生き方を身に付けるほどには知識が足りない自覚があったので、今回は無知から逃げずに『洗濯』について真剣に調べ、自分なりに「洗濯のやり方」を確立しようと思い至りました。

 

洗剤の知識をざっくりと入れておく

難しい知識を頭に入れるときには、まず絵本レベルのものから始めるのが定石です。できるだけ分かりやすくかみ砕いていて、かつ信用できそうな情報源をいくつか当たりました。

洗剤が油汚れを落とす理由

飲み物を売ってるサントリーが「なぜ洗剤を使うと、油汚れが水で落ちるのか?」というページを公開 *1 しています。

サントリーは洗剤を売ってない……はずなので、これは中立的な意見ではないでしょうか(「軟水で洗ってね」と言い出したらちょっとだけ疑いますけど)

水は、油汚れのついていない部分には素早く浸透していきますが、汚れの部分に対してはなかなかしみ込みません。界面活性剤によって水の表面張力が弱められると、衣服は水にぬれやすい状態になり、水が汚れを落とすための環境が整えられます。
次に界面活性剤の疎水基が油汚れの表面を囲みます。同時に親水基は外に向かって並びます。そして疎水基が油汚れ全体を完全に取り囲むと、その外側は完全に親水基でおおわれる形になります。親水基をもつ物質であれば、水の溶解力は存分に発揮されます。水は、親水性のかたまりとなった油汚れを衣服からはがし、水の中に取り込んで、汚れを落とすのです。
https://www.suntory.co.jp/eco/teigen/jiten/science/02/

(太字は後付けしました)

どうやら界面活性剤が一役買っているようです。界面活性剤も名前と性質は知っていますけど、なぜ汚れを落とすのかについては具体的には知りませんでした。

 

日本石鹸洗剤工業会が解説しているページ *2 もありました。

界面活性剤の分子構造は独特で、分子内に水になじむ親水基の部分と、油になじむ親油基(疎水基)の部分を併せ持っていることが特徴です

https://jsda.org/w/03_shiki/osentakunokagaku_2.html

 

石けん百科株式会社という石鹸会社も言及 *3 しています。

洗うためには、まず洗浄液で洗うものをぬらさなければいけません。 界面活性剤は表面張力を低下させるので、ものがぬれやすくなります。

洗うものが良く濡れたら、次に、汚れをものから引き離し、水中に浮かべて、 再付着しないようにすることが必要です。 界面活性剤は汚れの表面に吸着して、汚れと水との間の表面張力を小さくするので、汚れがものからはがれて水の中に浮き上がろうとします。 (この現象をローリングアップといいます。) そして、もんだりこすったりする機械力も手伝って、汚れが水中に浮き上がると、乳化分散可溶化というはたらきによって水の中に安定に浮かび、 汚れの表面と洗うものの表面はどちらも界面活性剤の分子に覆われるので、再付着しにくくなるのです。

https://www.live-science.com/honkan/theory/surfac05.html#body

(太字は後付けしました)

 

ちなみに石けん百科株式会社ナチュラルクリーニング洗剤の普及・啓蒙活動を行っている石鹸会社 *4 らしく、「ニセ科学と石けんの諸問題」というサイトも運営しています。

このサイトには、重曹やアルカリ剤を利用したナチュラルクリーニングを啓蒙しつつも、それらでは対応できない汚れがあることを認めるような記事もあれば、界面活性剤への偏見と理解不足について丁寧に解説している記事もあります。

あくまで科学的に、社会的責任を負う企業のひとつとして洗剤と向き合っている会社…という印象です。 

 

上記の情報から、界面活性剤は以下のような性質を持っていることが分かります。

  • ものを濡れやすくする(水の表面張力を低下させるため)
  • 汚れと水の表面張力を弱めることで、汚れを浮き上がらせる
  • 界面活性剤の「疎水基(親油基)」が油汚れになじもうとし、「親水基」が油汚れの外側に並ぶ
  • 外側に並んだ「親水基」が水に引っ張られて繊維からはがれる(乳化・分散作用)

これはローリングアップ現象と呼ばれているそうです。

 

論文を読む

洗剤(界面活性剤)についてはざっくり分かったので、次にJ-Stageでフリーな論文を読み漁りました。査読されているものをピックアップした…と思います。古いものから並べます。

 

■洗浄の科学 : 洗浄と洗浄剤(2001年)

「洗浄」に関する基礎知識がずらりと載っていて *5、読んでいてワクワクする内容でした。中でも興味深かった部分をいくつか。

汚れの除去機構
  1. 界面活性作用(界面活性剤の吸着・浸透・乳化・分散・液晶形成・可溶化・ローリングアップなど)
  2. 界面電気現象(汚れと固形表面との電気的吸引や反発など)
  3. 機械作用(振盟・撹拝などの機械力)
  4. 酵素・酸・アルカリなどによる汚れの分解

より効果的な洗浄のためには、洗浄の条件に配慮することが大切。例えば、洗剤の成分だったり、洗浄液の濃度、温度、洗浄時間、浴比(洗濯物の重量と洗濯液の液量との比)など。

衣料用洗剤の洗浄力の評価法
  • バンドルテスト:実生活に最も近い評価方法(アメリカのASTMで標準化)。
    決められた衣料品2組を着用し、1組をある洗剤で、もう1組を別の洗剤で、洗濯機を使って洗浄する。3人が視感判定を行い、統計処理して総合評価をする。
  • 汚染布を用いる方法:実際の衣料品ではなく、小さな汚染布を使って行う。
    天然汚垢布:顔垢・衿垢などの汚れを付着させた汚染布。衣料用合成洗剤の洗浄力試験法(JISK3371)で用いられる。
    人工汚染布:一定組成のモデル汚れ成分を付着させた汚染布。多量の汚染布を一度に調整可能。日本では1種類のみ(湿式汚染布/洗濯科学協会)だが、海外では多くの汚染布が発売されている(EMPA、Krefeld等)。

 

■洗浄のメカニズム(2008年)

洗浄性評価をメインテーマの一つとしている研究者の論文 *6 です。

そもそも洗浄には

  • 分離型洗浄(界面活性剤などで汚れを分離させる)
  • 溶解型洗浄(水や酸やアルカリを用いて汚れを溶かす)
  • 分解型洗浄(強力な薬品や紫外線で汚れを分解する)

という3種類があり、この中では界面活性剤を使った分離型洗浄がもっとも洗浄効率が悪いそうです。

じゃあどうして分離型洗浄が一般的かというと、これが一番衣類へのダメージが少ない洗濯方法だからです。衣類はデリケートなので、一般家庭では洗浄効率が悪くても界面活性剤を使っているんですね。

でも汚れや界面活性剤が残留しやすいので産業洗浄では使われませんし、皮膚が弱いと肌トラブルにつながってしまう。悩ましいところです。

つけおきをしたら汚れが落ちやすくなるのは、溶解型洗浄と組み合わせる形になるからでしょうか。

 

アルカリ剤が油汚れを「中和」させる説はどこから来たのか?

ここではアルカリ剤がどうして分離型洗浄できるのかについても言及しています。アルカリ剤は、洗濯物の基質と汚れの負の表面電位を高めて、静電気反発力を増大して……

私はこれを見たとき「エッ!?」という声がリアルに出て二度見してしまいました。Webに転がっている多くの記事では「アルカリ剤が汚れを落とすのは、油汚れや皮脂汚れが酸性だから。中和して落とす」といった表現を何度も何度も目にしていたからです。

……もっとも、よく考えればpH(ペーハー)は溶液中の水素イオン指数を計るものなので、ぜんぜん水に溶けない油に対して酸性・アルカリ性と当てはめるのはちょっと変ですね。ひょっとすると、脂肪酸を「酸性」と誤認してしまったのかもしれません。

除菌・臭気物の洗浄には気体状オゾンでの処理も効果的って書いてありますし、前述した「洗浄の科学 : 洗浄と洗浄剤(2001年)」では、汚れの除去機構のなかにちゃっかり「酸」が含まれていたので、アルカリだからOKじゃなくて、あくまで汚れの種類に合わせて使うのがいいわけですね。

ただ、溶解型洗浄としてアルカリ剤(弱アルカリ液)を見た場合、脂肪酸汚れをアルカリ剤で処理すると石けんになって溶解し、その石けんが洗浄効果にプラスされるので、炭酸水素ナトリウムを使った弱アルカリ性でもある程度は汚れが落ちるそうです。

弱いアルカリ剤でも、ある程度なら油汚れや皮脂汚れを落とせるし、特にたんぱく質汚れに強いということが分かりました。

■衣料用洗剤の洗浄性能(2008年)

ライオン株式会社ファブリックケア研究所の方の論文 *7 です。

これまでに見てきた内容の集大成といった感じですが、特に興味深かったセクションは「部屋干し」のニオイに言及したもの。

室内干し臭抑制技術

洗濯物を室内に干した場合には、乾燥までに時間がかかってしまうために、衣服から生乾きのニオイがしてしまうのは課題の一つですね。そこで、「生臭い」「徽臭い」「酸っぱい」「雑巾臭い」などさまざまな表現で語られる部屋干し由来のニオイを解析し、発生原因と臭気抑制対策を検討したそうです。

部屋干し時の特徴的なニオイの正体は、平たく言えば脂肪酸の混合物。また、こういった、衣類が高湿度下に長時間おかれると、衣服にたまった汚れに含まれる皮脂・タンパク質が自然酸化や皮膚常在菌等の代謝によって次第に分解されるためにニオイが生成されるのでは…という考察を展開しています。

ではどうすればよいのかというと、実はこの論文では「酵素(とある洗剤用プロテアーゼ)に明確な抑臭効果が認められている」としか記載がなかったので、別途調べました。おそらく、部屋干し用洗剤にはこの酵素が入っていて、部屋干し特有のニオイ抑制に貢献しているのだと思われます。

日常生活における洗濯衣料の部屋干し臭とその抑制 *8」という別の論文を読んだところ、まずは菌と汚れを落とすところが部屋干しのニオイを抑制するために重要なので、着たらさっさと洗うことが大切ということが分かりました。

 

余談ですが、洗剤メーカーの方が、部屋干し洗剤用としてユーザー層に合わせた香料開発に真剣に取り組んでいる姿勢も垣間見れて、当然ですが適当に香り付けてるだけじゃないんだな……というのも具体的にイメージできて感慨深い。

部屋干しの研究の成果として2001年に開発されたのが「部屋干しトップ」らしく、予期せず部屋干しトップの開発秘話ドキュメンタリーを覗いてしまったような気持ちになってドキドキしました。論文もれっきとしたノンフィクションの読み物であることをこんなところで気づかされるとは思いもよりませんでした。

 

■アルカリ電解水を用いた新規つけおき洗浄システムに関する研究(2020年)

アルカリ電解水に着目した洗浄システムの開発を行っている論文 *9 です。

洗剤は確かに洗浄力があるものの、界面活性剤は環境負荷が指摘されており、残留洗剤の影響でアトピーの発症も報告されています[※]

ただ、アトピーは洗剤を使用しない電解水洗浄型洗濯機を使うと症状が改善されるといった報告[※]もあるそうです。

炭酸ナトリウムセスキ炭酸ナトリウム水溶液は、一般洗剤と比較して同等の洗浄性を有していることが報告されている[※]とのこと。

驚いたのが、本洗い前につけおき洗いをすると、市販洗剤の使用量を半減させても、標準使用量と同程度かそれ以上の洗浄効果が得られることも報告されている[※]ようです。

なお、この実験で分かったのは、「洗浄温度」「すすぎ工程の浴比(洗濯物の重量と洗濯液の液量との比)」「機械力」が、汚れを取り除く上で重要な要素であることです。

  • 特殊電解還元水(ERW)を用いた本洗い前に「つけおき」をすると洗浄率が向上
  • 洗浄温度が高くなるにつれて洗浄率が向上

つけおきをすると洗浄時間は長くなるものの、服のダメージを抑えつつ洗浄できるシステムだと判断ができる、という結論を出しています。

[※]…論文内で引用元の記載あり

 

マグネシウム洗濯ではアルカリ性の水にするために「つけおき」を推奨しているのですが、これは確かに…マグネシウム洗濯の効果を実証するのは難しそうですね。

サントリーが「水はものを溶かす天才」と表現しましたが本当にその通りですね。

マグネシウムに効果がないとは思いませんが、つけおき+半分の洗剤で洗濯しても汚れがそこそこ落ちてしまうのならば、よっぽどずば抜けた付加価値(洗浄効率、除菌、臭い抑制、衣類へのダメージ軽減、再汚染のしにくさ、環境問題の改善等)がない限り、マネタイズが難しそうですね。市場は界面活性剤レベルの効果で満足しているのが現状ですし……。

 

まとめ:学んだこと

  • お湯で洗濯すると汚れが落ちやすい
  • 洗濯機に入れて攪拌したら汚れは落ちやすくなる(機械力
  • 洗剤は適量で(浴比が高いと摩擦がなくなり汚れが落ちにくい)
  • つけおき」しておくと、洗剤の量が少なくても汚れが落ちやすい
  • 部屋干し洗剤には酵素が入っているとよさそう
  • 界面活性剤は洗浄効率の低い方法だが衣類にダメージを与えにくい
  • 弱アルカリ液に油汚れ・皮脂汚れ・たんぱく質汚れを落とす作用はあるが、溶解型洗浄なので、汚れの再付着に気を付けたほうがよさそう

 

ひょんなことから好奇心に火が付き、洗浄の共通認識を知ることができました。

どれも洗濯に詳しい方であれば「当たり前」のことかもしれませんが、四苦八苦して得た知識によって解像度が上がった状態なら、洗濯はもはや単なる家事ではなくなります。

しばらくは洗濯を化学の実験さながらに楽しめそうです。

 

参考

*1:水の科学「ものを溶かす天才「水」」 水大事典 サントリーのエコ活(https://www.suntory.co.jp/eco/teigen/jiten/science/02/

*2:日本石鹸洗剤工業会 石けん洗剤知識(https://jsda.org/w/03_shiki/osentakunokagaku_2.html

*3:洗浄における界面活性剤のはたらき - 石鹸百科(https://www.live-science.com/honkan/theory/surfac05.html#body

*4:石けん百貨 : 会社概要(https://www.live-science.co.jp/store/php/shop/s_show_html3-company.html?_ga=2.189953131.1971937851.1622467684-1309072813.1622467684

*5:洗浄の科学 : 洗浄と洗浄剤(2001年)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/1/7/1_773/_pdf/-char/ja

*6:洗浄のメカニズム(2008年)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/60/2/60_2_85/_pdf

*7:衣料用洗剤の洗浄性能(2008年)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/8/11/8_487/_article/-char/ja/

*8:日常生活における洗濯衣料の部屋干し臭とその抑制(2005年)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jao/36/2/36_2_82/_pdf

*9:アルカリ電解水を用いた新規つけおき洗浄システムに関する研究(2020年)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/1/7/1_773/_pdf/-char/ja